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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1509号 判決

被告人

柴田実

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人德江治之助提出の控訴の趣意は後記の通りであつてこれに対し檢察官は本件控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた。

仍て職権を以て調査するに本件記録によれば被告人に対する訴因は被告人は昭和二十三年十二月十五日頃から同二十四年三月二十日頃迄の間前後九回に亘り愛知縣海部郡佐屋村大字須依百九十二番地伊藤三郞方において同人が窃取して來たハンドブレーキ外自轉車部分品十一品をその賍品たるの情を知り乍ら代金九千円で買受けたという賍物故買の事実であり当該事実中には窃盜敎唆に関する事実の記載がないところ原審第二回の公判廷において裁判官は檢察官に対し右訴因を窃盜敎唆然らざれば賍物故買と変更を命じ檢察官は右訴因変更命令によつて被告人は昭和二十三年十一月頃愛知縣海部郡佐屋村大字須依百九十二番地伊藤三郞方において同人に対しその勤務先なる同大字荒井自轉車製作所から自轉車部分品を窃盜すべきことを敎唆し因て同人をして同年十二月十日頃から同二十四年三月十七日迄の間前後九回に亘つて同製作所において荒井三所有のハンドブレーキ外自轉車部分品を窃取せしめたものである若し右敎唆でなければ被告人は伊藤三郞の窃取して來た自轉車部分品を賍物たるの情を知り乍ら買受けて故買したものと訴因を変更し原審は右訴因変更に基いて窃取敎唆の事実を認定し被告人を懲役一年六月に処したことが明かである。

而して大正三年十月二十一日言渡の大審院同年(れ)第一八二一号の判決によれば賍物罪の盜罪とは孰れも他人の所有に係る賍物の領得に関する犯罪にして互に密接の関係あり従つて犯人に対し賍物罪の起訴があつた以上その範囲内において賍物收受罪の外窃盜敎唆の事実を審理判決するも不法でないと判示し窃盜敎唆に関する公訴事実はその賍物に関する罪の事実を包合するものとしていて原審の訴因変更の処置を支持し得るようであるがその後の大正四年四月二十九日言渡同年(れ)第七六四号、同五年六月十五日言渡同年(れ)第一一一四号、同十二年五月三十一日言渡同年(れ)第六八二号及び昭和五年九月十五日言渡同年(れ)第一〇九五号の各大審院判決によれば窃盜敎唆罪とその賍物に関する罪とは併合罪として処断すべき旨を判示しているのであつてその見解によれば窃盜敎唆の事実とその賍物に関する罪の事実とは相互に他を包合せぬものとせねばならぬ何者若し右両者が併合罪の関係にあるものとすれば各別に起訴し又各別に審理判決をなし得べくその際その一に対する起訴の故を以て他の一に対する起訴を二重起訴となし得ないし又その一に対する確定判決は他の一にその效力を及ぼし得ないことを承認せねばならず従つて右両者の一について起訴があつても他の一はその起訴の範囲内にないものとせねばならぬからである仍て前示大正三年(れ)第一八二一号の判決はその後の数回に亘る反対の判決によつて自から変更されたものとなすべくこれを理論的に考察するも窃盜を敎唆した上被敎唆者と窃盜を共同に敢行した場合、その両事実における主観的要素において直接の関連があり、又窃盜をして更にその賍物を処分した場合その両事実においては、客観的要素に直接の関連があり、夫々その両者が同一の起訴事実に包含すると解し得られるが、窃盜敎唆とその賍物処分に関する行爲とは窃盜を仲介とする間接的な関連を認め得る得る丈でかかる間接的な関連しかない場合をも同一起訴事実に包合されるとするのは審理に便宜とするも起訴事実の同一性及び既判力の範囲を不明確ならしめるので肯定し難く後の大審院の判決を以て正当となさざるを得ない。

従つて以上の見解からすれば本件において当初の訴因が、賍物に関する犯罪事実であつたのは、追起訴の手続を経ることなく單なる訴因変更の手続によつてのみ窃盜敎唆の事実に変更せしめこれを審理判決の対象としたのは起訴の範囲を逸脱した違法があるものというべく原審の処置は正に刑事訴訟法第三百七十八條第三号に所謂審判の請求を受けた事件について判決せず又は審判の請求を受けない事件について判決したものとして論旨の判断をなす迄もなく同法第三百九十七條によつて原判決は破棄を免れず本件控訴は理由あるに帰着し且つ本件は直に当審において判決するに適しないと認められるので同法第四條本文に則つて本件を原審名古屋地方裁判所に差し戻すべきものと認め主文の通り判決する。

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